きっかけは一枚のフライヤーでした。

 

2001年頃、勤め先が池袋だった僕は近くのHMVにCDを買いに行くことが多く、そこで告知フライヤーなどながめていたときに、とある「ナレーター養成所」のチラシが目に留まりました。普通そういう場所には音楽関係のものしか無いはずですが、何気なく僕はそれを手に取ったわけです。僕自身その方面に無知だったせいか初めて名前を聞く事務所でも抵抗が無かったです。そこは「CMナレーターを養成する」と書かれていました。

 

僕は小学生の頃、国語の授業でよくやる音読の時間が好きでした。先生もそれを知っていたようで一時間丸々僕の音読だけで授業をしたこともあり、それもあの頃の楽しい想い出です。何か声に出して読むということは、僕にとって楽しいことでした。自然とナレーターにも興味を持ちましたが、そういったことを教える場所には必ずといっていいほど「声優」という言葉もありました。もちろん声優という仕事は素晴らしいと思いますが、なんとなく僕には向いていないと感じていて、結局そこに行くことはなかったのです。

 

しかしその時、何気なく手に取った「CMナレーター養成」のフライヤーには、「声優」という、こういう所に当たり前にあるような言葉が載っていませんでした。あくまでも「CMのナレーターを育てる」という目的の養成所であることが書かれていました。これは本当に驚くべきことで、ひょっとしたら自分にもできるかもしれないと興味を持ちました。こんなところがあるのか、と。まずは話だけでも聞いてみたいと思いました。僕がこう思ったことすら初めてのことでした。

 

当時その事務所は港区青山にありました。隣に某avexのビルがあったりと埼玉の田舎に住む僕からすれば都会の真ん中って感じでしたが、まぁこう言ってはなんですが実はその養成所があったのが、入口もよくわからないような古くて地味なマンションの一室で、そこが説明会の会場でした。たしか僕のほかに数人ほど来てたかと思います。そこで失礼ながらいかにも業界人っぽいマネージャーと称する方が出てきたとき、どこにでもいる平凡なサラリーマンであった僕はその時点で、「えらいところに来てしまったなぁ・・・」と思ったことは事実です。本当に小さい事務所のようでした。そして話を聞くと、養成所立ち上げの1期生の募集であること、つまり事務所としての実績はあるけれどスクールとしてはこれからということのようで、やはりちょっと、いやかなり不安になりました。

そのマネージャーさんの話が終わると、そこの養成所を仕切る先生が紹介されました。まぁ小さい部屋なのでずっと隣に座っていたのですが、小太りで少し無精髭のある根っからの役者というか、イメージ的には怪しい熊のような風体の男の人が出てきて、どのような授業をするのか具体的な説明をしていただきました。不思議とこの人からは業界臭はあまり感じず、むしろ表現者の持つ独特な雰囲気をバリバリに放つ人でした。普段の生活は想像できないけど、この人は表現については嘘をつかないのではないかと直感的に感じました。

 

説明会が終わったあと、僕はその場でサインはせず持ち帰りました。そして他の同じような養成所はどんな感じなのかいろいろ調べました。その中には華やかな実績があり施設環境も整っていてカリキュラムのしっかりとしたスクールも沢山ありました。半年後、僕がどこに行くか考え抜いたあと、最初に行った青山の熊みたいな先生のいる小さな養成所の2期生として通うことを思い切って決めたのです。

説明会のあの時の事務所の独特な雰囲気と、その先生の持つ人間臭い魅力は、僕の反骨心を十分満足させるものでした。最終的にそこを選んだ理由として、結びつける、なにがしかの縁も少しは感じていたはずだ、と。今ではそう思うことにしています。

 

  

僕は1年半ほどその養成所に通い、結局事務所所属の最終オーディションに落ちました。

結果を受けて、もうナレーターを目指すのはやめようと思いました。他の養成所に移ることは考えませんでしたし、落ちたらやめるつもりでした。

昔から人と競い合うことが苦手な僕でも、夢が終わったと思うくらいには一所懸命だったのです。

 

 

今年の暑い夏の日、その養成所を卒業して10年以上経ちますが久しぶりにその時の先生にご挨拶に伺いました。

養成所は青山から上野に移転し、社名も変わっていましたけれど現在も活発に活動しているようです。

熱い指導をする先生は相変わらず熊のイメージでホッとしました。そしてあの当時とはまた違う想いで、少しの時間言葉を交わすことができました。不出来な生徒であった僕のことを覚えていてくださったのが、何より嬉しかったです。結果はどうあれ僕にとってあの養成所に通っていた時間こそホームというか、表現活動の基本となる部分を作っていると今でも思います。

 

養成所を出てから、僕は朗読の世界に出会い、さらに再びナレーターを目指すことになるのですが、それはまたの機会にでも書こうかと思います。

 

このような話を最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

 

2015/10/26 並木訓・記